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シガツェ(日喀則)


   シガツェはチベット第二の都市。ゲルク派の二大活仏の一人であるパンチェン・ラマの本拠地、タシルンポ寺があることでも知られる。 ラサからは、西へ330キロ。ヤルツァンポ河にニェンツェ河が合流するところにある。 かつては、インドのシッキムやネパールとの交易の中継基地として栄えた。現在は、インドとの国境問題の紛争などがあり交易は途絶えている。 標高は3800メートル。

 

タシルンポ寺
    タシルンポはチベット語で「吉祥須弥山」の意。ドルマ山の麓に広がるゲルク派の大寺院。創建は1477年、ツォンカパの弟子であるゲンドゥンドゥプによって建てられた。このゲンドゥンゴゥプは後にダライ・ラマ一世となる高僧である。 パンチェン・ラマ四世のときからこの寺の座主はパンチェン・ラマの化身が受け継ぐべきこととなり、以降、パンチェン・ラマの宗教的、政治的活動の本拠地となった。 山を背景に、金色や青色の屋根、赤い壁、白い塀の殿宇が層をなしてそびえている様は荘厳である。周りの塀の長さは二キロに及ぶという。中央にひときわ高いのは、パンチェン・ラマ四世の霊廟。高さ11メートル、それに連なって歴代のパンチェン・ラマの霊廟が並ぶ。それぞれ銀色の塔身にさまざまな色の宝石をはめこみ、見るものを威圧するかのように燦然と光り輝いている。境内で最も高い建物は、弥勒仏殿。26メートルの弥勒菩薩の座像が安置されている。また、かつては学問寺としてトゥーサムリン、シャルツェ、キルカン、ガクパの四つの経学院を擁していたが、現在残っているのは二学院である。
    ラサを中心とするウー地方と、シガツェを中心とするツァン地方は、久しく中央チベットの覇権をめぐって対立してきた。ゲルク派の時代になり、双方ゲルク派の支配するところとなっても、その対立は解消せず、勢い、ラサのダライ・ラマ対シガツェのパンチェン・ラマの対立の姿をとっている。チベット動乱以降も、ダライ・ラマはインドに亡命し、パンチェン・ラマは中国政府の要人を務める、というように対照的な道を歩んでいる。

 
シャル寺(夏魯寺)
    シガツェ市の東南部にある。市街から20キロ。規模は小さいがサキャ派の名刹である。創建は1087年、僧ジェツウンディンジャオジュンネによる。14世紀に招請され管長となったブトン・リンチェンドゥブは顕教と密教の両立を求め、生涯を厳しい戒律を守る出家者として送った。この寺を中心にチベット仏教の新しい展開をはかったため、彼の考え方を継承する人々をシャル派と呼ぶことがある。 代表作としては、『仏教史』、『十万タントラ目録』、『論書目録』などがある。
  また、「シャル版」と呼ばれるチベット大蔵経を編集し後世に大きな影響を与えている。 シャル寺は美しい仏画群を蔵することでも知られるが、これらはプトゥンの管長就任を祝ってこの地域を治めていた王が寄進したものだと伝えられる。
ナルタン寺(那当寺)

    シガツェの南西20キロ。創建は1153年。「ナルタン版大蔵経」で知られる。最初の「大蔵経」は14世紀に版刻されたが現存しない。現存しているのは、18世紀、当時チベットを支配していたポラネーによって復刻されたもの。

サキャ寺
    チベット仏教は大きく分けて四つの宗派に分かれる。ニンマ派、カギュ派、サキャ派、ゲルク派である。そのうちのサキャ派の総本山がサキャ寺である。 ニンマ=古、カギュ=伝統、ゲルク=徳行。宗派の名称は、それぞれこのような意味をもつが、サキャだけは、地名からとられている。古くからこの辺りはサキャと呼ばれていた。「サキャ」の意味は「白い土地」。ポンポ山とい山があり、その中腹には白い岩盤が露出している。それゆえ、サキャと呼ばれていた。白は、チベットでは、吉祥の色。1073年に、サキャ派の始祖クンチョクゲルポによってトゥム河の北岸にサキャ寺が建てられた。その後、サキャ派が全盛を迎えるのは13世紀。モンゴル軍がチベットに侵攻したときに、サキャ寺の管長・サキャパンディタはモンゴルから特別な信任を得る。さらには、サキャパンディタの甥ヂョゴン・チョゲ・パスパ(パクパともいう)は、フビライ・ハーンから導師として仰かれる存在になり、フビライは仏教を国教化する。これを、チベットでは「寺と檀家の関係」(チュ・ユンの関係)というが、これにより、1254年、フビライ・ハーンはパスパにいくつかの称号を授与し、チベット全土に及ぶ政治権威が与えた。こうして、サキャ寺は聖俗一致の権力を一手に握ることになった。
  サキャ派のチベット支配は約一世紀の間であったが、モンゴルを施主とし、その財力・軍事力でチベットを富ませる、という構造は、ある意味でその後のチベットの在り方に決定的な与えることになった。 パスパの時代、トゥム河南岸にも南寺が建てられ、両岸に大伽藍が立ち並んでいたが、中国人民解放軍の侵攻により、北寺は完全に破壊され、現在残っているのは南寺だけである。 城塞のような偉容をもつ南寺は、それひとつで、十分に当時のサキャ派の反映を物語る。
パルコン・チューデ(白居寺)
    1418年の創建。当初はサキャ派の寺院であったが、その後、シャル派、ゲルク派が相次いで入り、各派共存の寺になった。俗に八角塔と呼ばれる仏塔は1427年建立。十三層で高さは34メートル、基壇の一辺は52メートル。チベット最大の仏塔である。 正式には「クンブム」。百万の意味で、建物の壁に百万の仏像が描かれているという。各階には仏龕が掘られており、それぞれの仏龕には二三体の仏像が置かれている。一階から右回りに仏画や仏像をみながら登ると、その道程は悟りへの過程になるように造られている、と言われる。

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