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サキャ寺概況

 
サキャ寺

    チベット仏教は大きく分けて四つの宗派に分かれる。ニンマ派、カギュ派、サキャ派、ゲルク派である。そのうちのサキャ派の総本山がサキャ寺である。
  ニンマ=古、カギュ=伝統、ゲルク=徳行。宗派の名称は、それぞれこのような意味をもつが、サキャだけは、地名からとられている。
  古くからこの辺りはサキャと呼ばれていた。「サキャ」の意味は「白い土地」。ポンポ山とい山があり、その中腹には白い岩盤が露出している。それゆえ、サキャと呼ばれていた。
  白は、チベットでは、吉祥の色。1073年に、サキャ派の始祖クンチョクゲルポによってトゥム河の北岸にサキャ寺が建てられた。
  その後、サキャ派が全盛を迎えるのは13世紀。モンゴル軍がチベットに侵攻したときに、サキャ寺の管長?サキャパンディタはモンゴルから特別な信任を得る。さらには、サキャパンディタの甥ヂョゴン?チョゲ?パスパ(パクパともいう)は、フビライ?ハーンから導師として仰かれる存在になり、フビライは仏教を国教化する。これを、チベットでは「寺と檀家の関係」(チュ?ユンの関係)というが、これにより、1254年、フビライ?ハーンはパスパにいくつかの称号を授与し、チベット全土に及ぶ政治権威が与えた。こうして、サキャ寺は聖俗一致の権力を一手に握ることになった。
  サキャ派のチベット支配は約一世紀の間であったが、モンゴルを施主とし、その財力?軍事力でチベットを富ませる、という構造は、ある意味でその後のチベットの在り方に決定的な与えることになった。
  パスパの時代、トゥム河南岸にも南寺が建てられ、両岸に大伽藍が立ち並んでいたが、中国人民解放軍の侵攻により、北寺は完全に破壊され、現在残っているのは南寺だけである。
  城塞のような偉容をもつ南寺は、それひとつで、十分に当時のサキャ派の反映を物語る。

サキャ
  シガツェから南西に150キロ。トゥム河沿いに開けた町。海抜は4100メートル。
  この町の民家はどれも高い壁に囲まれて建つが、その壁の色は、サキャの意匠で塗られている。全体を青黒く塗り、角に赤と白の帯を付ける。青黒色は金剛手菩薩を、赤は文殊菩薩を、白は観音菩薩を、それぞれ象徴するという。
  基調となっている青黒の金剛手菩薩は、強烈な力をもつという密教のホトケである。

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