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中国世界遺産-敦煌莫高窟


 
敦煌の莫高窟 文化遺産(1987年)成都観光旅行網 www.sctabi.com
      ゴビ砂漠の中にあるこの町は、祁連山の雪解け水によって潤されるオアシス都市である。
      古代シルクロードを行き交う人々が必ず通ったという河西回廊。その西の端に位置するこの町が「敦煌」と呼ばれるようになったのは、漢の時代のこと。その意味については、史書に「敦はすわなち大なり、煌はすなわち盛なり」との記述が残っている。西暦111年に敦煌郡が置かれて以来、この町はシルクロードの要衝の地として栄えた。
      当時の敦煌は軍事基地だったが、漢の西域経営が本格的になり、西域に都護府が置かれるようになると、東西交渉の中継基地として発達する。
      仏教の特徴の一つとして、芸術を使って仏陀の思想を巧みに表現してきたことがあげられよう。そうした仏教芸術は中国の伝統文化と融合し、シルクロードの沿線に数々の石窟文化を残した。それらの石窟の中でも、歴史の古さと内容の充実度、規模の大きさ、保存状態の良さで特に知られているのが、莫高窟をはじめとする敦煌の石窟だ。

      莫高窟(通称千仏洞)は西暦366年に造営が始まって以来、北涼、北魏、北周、隋、唐、宋、回鶻、西夏、元など、十以上の王朝や地方政権の下で拡張されていった。現存する洞窟は計492、彩色塑像は二千体以上、壁画の総面積は四万五千平方bを超える。莫高窟は壁画の内容の豊かさで知られ、仏菩薩像、仏伝故事画、経変画、神話を題材にした絵画、各種の装飾図案などが多く見られる。
1940年代、中国は莫高窟に初めて敦煌芸術研究所を設立。新中国成立後、莫高窟の全面的な修復・補強作業が進み、39の洞窟、計千八百平方bの壁画、二百体あまりの塑像が風化や崩壊の危機から逃れた。敦煌芸術の重要な一部分である西千仏洞と安西楡林窟も修復を経て、現在は一般開放されている。
      敦煌の石窟は中華民族の宝であり、また全人類の文化遺産でもある。1961年、莫高窟は国務院が最初に指定した全国重点文化財保護単位の中に入り、1991年にはユネスコの「世界自然と文化遺産」のリストに登録された。